彩釉山水陶器は、奈良三彩と同じ技術で焼かれた奈良時代のやきものです。これまで平城京跡や三重県伊勢寺廃寺などで数点出土していましたが、神雄寺跡(馬場南遺跡)で多量に出土したことで、使用方法が推測できるようになりました。1つ1つは長さ10~20cm、幅約10~20cm、高さ約5~10cmのやきものです。各パーツにはヘラで山や水の流れが描かれており、水の中には魚も描かれています。山の部分には褐色、水の部分は緑色を基調とした釉薬が掛けられています。また、パーツの裏面や側面には「右三」「左五」などとヘラで文字が刻まれており、焼成前からどのように配置するか計画されていたことがわかります。これらを組み合わせることによって、山水の世界を表現しているようです。
同様のやきものは奈良時代中頃に集中して生産されたようです。このころは漢詩集『懐風藻』などにみられるように、吉野離宮やみかの原離宮の風景を愛でて、山水の世界を歌った作品が多く、このような時代的背景のもと、その世界を表現した特別なやきものといえます。
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